来る5/20(日)に迫った、まいまい京都「軍都深草まち歩き」。
ぼちぼちと準備中です。昨年度のいちど開催したコースの二度目ということで、勘どころがある程度わかっているせいか、いつになくスムーズに作業が進んでいます。
まいまい京都 / 京都の住民がガイドする、京都のまち歩きイベント | 【深草】 “軍都”深草!戦争のなかの京都を訪ねて:~師団司令部、軍道、軍人湯…京の戦争遺産を歩く~
日本を大きく変えた、太平洋戦争。 京都ももちろん、例外ではありません。 空襲や強制疎開、供出。 そして、大日本帝国陸軍第16師団が創設され 軍事施設が集中した、軍都・深草。 聖母女学院本館として、 ...
まいまい京都でのコースガイドについて、僕の担当コースにご参加された方ならご存じのように、当日パンフレットにとても力を入れています。
やはり口頭のガイドにプラスαして、お持ち帰り用のお土産というか特典もプレミア感があっていいのではないかと。理想的には当日パンフレットだけで、参加費の元が取れたと参加者のみなさんに感じていただけたらいいなあと。なかなかそのレベルの資料はさすがに難しいですけど……。いずれにせよ、できるだけ参加した方に満足していただけるような、そんな資料づくりに今日も今日とていそしんでいる次第です。
そこで今回の「軍都深草」のまち歩きコース。
こんな感じで資料をつくってみました。
パンフレットの表面は、まずコースマップ。
当日はこんな感じでご案内しますよ、歩きますよと制作したマップです。
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■ 軍都深草まち歩きのコースマップ。 |
【まいまい京都】 “軍都深草”を歩きます
~戦争のなかの京都を訪ねて~ | ALIEN京都
この橋だけは、中央橋脚の上にあるマークが六芒星ではなく「五芒星」となっています。かつて、日本陸軍のマークが五芒星だったゆえんです。 ...
そして当日パンフレットを裏返すと、近現代史年表と古写真・古地図のご紹介となります。
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■ パンフレットの裏面。 |
年表は深草周辺を中心とした京都の近現代史について、流れを追えたらいいなあと思って作りました。意外と、近現代史の中身って共有されていないんですよね。これを機に僕自身も学び直しです。
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■ 深草を中心に京都近現代史年表。 |
そして続いては、古写真のご紹介です。
明治41年(1908年)発行の『京都府写真帖』から、深草や伏見かいわいの軍事施設紹介ページを掲載しました。
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■ 『京都府写真帖』(1908)から。 |
第16師団(現聖母学院)や歩兵第38連隊(現京都教育大学)、そして工兵第4大隊(現桃陵団地)が写真と文章で紹介されています。『京都府写真帖』がどのような性格の書籍だったのか、じゅうぶんに僕は把握できていませんが、軍事施設が写真付きで紹介されるというのは後の軍国主義一辺倒の時代からはちょっと想像しづらいですね。なかなか興味深い記事構成です。
なお、『京都府写真帖』については、「近代デジタルライブラリー(国立国会図書館)」のデジタルアーカイブから掲載しています。
近代デジタルライブラリー - 京都府写真帖
タイトル 京都府写真帖 出版者 京都府 出版年月日 明41.11 公開範囲 インターネット公開(保護期間満了) ...
ちなみに「工兵第4大隊」はちょっと面白いエピソードが残っていまして、故地である今の桃陵団地周辺を中高年の方は戦後まで「コーヘータイ」と呼び習わしていたそうです。工兵第4大隊そのものはなくなっても、戦後しばらくは土地の記憶として地元に溜まっていたんですね。
“戦争”を生活史の文脈で考えると、“ここからここまで”といったように時期が限定される「事件」としてよりも、“記憶”や“語り”といったグラデーションの幅をもって知覚されるような「現象」として捉えたほうが適切なのかもしれない。そんなことに思い当たるエピソードです。だからこそ、「戦争は終わらない」のでしょうか。
さらに、パンフレットでは古地図も掲載しました。
昭和4年(1929年)発行の『改正新案最新京都地圖』から、伏見周辺を切り取って掲載です。
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■ 『改正新案最新京都地圖』(1929)から。 |
こうやって地図で見ると、深草~伏見一帯に軍事施設が集中していたことがよくわかります。
- 兵器支廠
- 練兵場
- 野砲兵第22連隊
- 輜重兵第16大隊
- 京都憲兵隊
- 師団経理部
- 第16師団司令部
- 騎兵第20連隊
- 陸軍監獄
- 射撃場
- 京都衛戌病院
- 歩兵第9連隊
- 第19旅団司令部
- 小銃射的場
- 桃山練兵場
- 工兵第16大隊
- 工兵作業場
- 練兵場
なるほど、“軍都”とはよくいったものです。
じつに数多くの軍事施設が集まっています。そこには需要と供給の関係が生まれ、生産と消費がまちを作っていったのでしょう。まちづくりの主軸として“戦争”がかつてあったその証が、今回ご紹介した古地図から浮かび上がるようです。
なお、『改正新案最新京都地圖』については、「所蔵地図データベース(国際日本文化研究センター)」のデジタルアーカイブから掲載しています。
所蔵地図データベース
地図番号: 002466381 形態: 版本・多色 資料名: 改正新案最新京都地圖 史料の性格: 原本 題箋・内題など: (内題)改正新案最新京都地圖、大津市街全圖、比叡山電鉄線路地圖、京都府 ...
ちなみに、「デジタルアーカイブ」とは、従来専門の研究者しか参照できなかった資料(史料)について、スキャン等のデジタル処理を施したうえで、Web上などで一般の市民が閲覧できるようになった資料群です。僕も日々の調べごとに大いに活用させてもらっています。
これまでにご紹介したデジタルアーカイブの他には、「京の記憶ライブラリ(京都府立総合資料館)」も貴重なデータを公開していてとても活用しがいがあります。
京の記憶ライブラリ
【文献資料】 京都の古地図 江戸時代の京都の鳥瞰図 江戸時代の京都の名所図会 江戸時代の京都の寺社と祭礼 明治時代の京都の博覧会 明治時代の京都の商工案内 明治時代の木津川改修工事 江戸時代の御普 ...
さて、ここからは没ネタを。
紙面の都合で、パンフレットから泣く泣く割愛したコンテンツをご紹介です。
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■ 米軍撮影の空中写真(1946)。 |
深草周辺もばっちり撮っていました。どの区画がどの施設に該当するか、地図と見比べてみてください。深草練兵場には飛行機の滑走路もありますね……。
米軍撮影の空中写真は、「国土変遷アーカイブ(国土地理院)」のデジタルアーカイブから掲載しました。こちらでは日本津々浦々の空中写真を、昭和11年(1936年)~昨年平成23年(2011年)まで掲載しています(2012年5月現在)。
国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム
国土地理院では、全国土を対象に戦後から繰り返し撮影された、空中写真を保有しています。これらの空中写真からは、その時々の地形、土地利用、都市化の状況などを知ることができ、戦後から現在までの国土の変遷がわ ...
それから次の没ネタは、深草周辺に軍事施設が配置される以前の古地図です。
明治22年(1889年)の伏見周辺を描いた地図となります。
明治22年(1889年)とは大日本帝国憲法が発布された年であり、第16師団が明治41年(1908年)に設置される以前の年代になります。つまり、“軍都”としてまちづくりされる以前の伏見の姿が描かれているといってよいでしょう。この地図について、施設や土地のあり方に応じて色塗りしてみました。だいたい僕は、地図に色を塗るのが好きなのです。
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■ 1889年の伏見。 |
なので明治22年(1889年)現在の伏見については、また機会を改めてご紹介できれば。そしてさらに、まいまい京都的にも次シーズンのコースとしていよいよ伏見の中心部に入っていきたいなと。古地図を色塗りしながらニヤニヤしておりました。
明治22年(1889年)の伏見を描いた古地図は、さきほどもご紹介した「所蔵地図データベース(国際日本文化研究センター)」のデジタルアーカイブから掲載&加工しています。
所蔵地図データベース
地図番号: 002469385 形態: 版本・単色 資料名: 伏見 史料の性格: 原本 題箋・内題など: (内題)伏見、(表題)大阪11号 假製二万分一 伏見 大きさ: 47*59 内容年 ...
というように、こんな感じで今回の「軍都深草まち歩き」について着々と準備を進めている次第です。また、デジタルアーカイブを活用することで、理解の深度と表現の幅がずいぶんと広がるものだなと改めて感じています。
では5/20(日)の当日、お会いしましょう!
さっそく拝見しに来ました。
返信削除面白く、勉強になり、歴史ってやっぱ楽しいなあーって心底思えます。すごい!
早速のご来訪ありがとうございます!
削除更新サボリ気味なうえに検証不足の内容で恐縮ですが、生きた歴史の豊かさ・楽しさを共有できたら幸いです。さまざまな次元の出来事が重ね合わさって、縦糸横糸のように紡がれた過去・現在・未来をこれからも体感していけたらなあと思っています:)