2012年2月6日月曜日

【上賀茂】 四脚門のある小学校
~「上賀茂村」の残照、移築門の文脈~

ブログをはじめます。

twitterやfacebookもいいけど(やりとりしやすいから)、やっぱり画像をいろいろ貼り付けたり、リンクを引っ張ってきたり、長めの文章を書きたいよねってことで、ブログをはじめようと。

そんな魂胆ではじめた本ブログですが、予定コンテンツとしては特に変わったことは考えておらず、京都住まいの僕(ここでも一人称は僕です)の視覚や聴覚などの感覚器官を通した諸々についてみなさまにお届けしたいと。ほか、とくに訴えたいことはありません。

こういったわけでして、おはようからおやすみまで暮らしを見つめるブログのはじまりです。今後ともよろしくお願いします。

あいさつを書き連ねるとエンドレスなのがヒト科若年寄の常なので、そろそろ本題。

昨日の日曜日は京都市長選挙でした。京都市北区在住である僕の投票所は、これまでと同じく上賀茂小学校。そしてこちらの小学校なのですが、校門がやけに風格豊かな四脚門であるわけです。見るからにもう、これは何かあるなと。由緒あるなと。平成生まれじゃないなと。こちらの校門からそんな流し目をびしびし感じる次第でした。

■ 小学校の校門。風格ある四脚門です。


さっそくこの校門の由来をググってみますと、ピンポイントの答えが記されたページを見つけました。


上賀茂小学校 PTA~◎ 上賀茂歴史館 ◎~
昭和6年に上賀茂村は京都市に編入され、同時に村役場が廃止されました。この村役場の門は入母屋づくりの大層立派な建物で、廃棄するのが忍びない。そこで思いついたのが小学校への移築計画になりました。その頃の小 ...


こちらの校門、もともとは旧上賀茂村の村役場の門として建てられた物件だったのですね。そして昭和6年(1931)に上賀茂村が京都市に編入された際、「村役場の門は入母屋づくりの大層立派な建物で、廃棄するのが忍びない。そこで思いついたのが小学校への移築計画になりました」という経緯で今の姿となっているということです。なるほどでした。

上賀茂一帯は、いわゆる京都らしい街並みから連想される景観とはかなり異なっていて、「曲がりくねった道路」「連なる土塀」「縦横にめぐらされた水路」などかなり独特の景観をいまも残しています。京都らしさとはまた別の、独自の個性を感じさせる地域が上賀茂です。そうした上賀茂の個性、いってみれば上賀茂アイデンティティの残照あるいは象徴とも呼べるものが、こちらの校門なのかもしれません。

かつて上賀茂が「上賀茂村」として京都市とは独立した行政エリアであり、その中心を村役場が担っていた。そして今、村役場の表玄関をかつて飾った四脚門が、小学校の校門として余生を過ごしている。また移築された先が「小学校」というのもいい塩梅でしたね。

ご存知のように京都市は行政区分が独特でして、「中京区」「下京区」「東山区」「北区」などといった行政区よりも、学校(さらにいえば小学校)を中心とした「学区」が行政の基礎的な単位として今もなお機能しています。

その概略は下記参照。

都市史26 町組改正と小学校
戦後,小学校が一部で新制中学に転用され,小学校の通学区とそれまでの学区が完全に重ならないことになりましたが,学区は地域の社会福祉をはじめとする地域行政の核となり,京都独自の地域住民の自治単位として機能 ...


小学校設立が近代京都の都市行政とセットであったことを頭の隅に置くと、村役場門の移築先が小学校というのも、なんだかうなずける話とは思いませんか。

さらに、こちらの校門のお隣には農協。小学校プラス農協というのも、これまたなんだか文脈を感じさせる風景です。また校門の経緯を思い起こすと俄然、そう感じるわけです。ところで俄然っていい言葉ですね。にわかに風景が彩りを増すというか、地味メガネを外したらああこんなみたいな。

そこで改めてこちらの校門。
ちょっと細部を眺めてみましょう。

■ 立派な木鼻だって付いてます。
門柱と梁の接合部には、「木鼻」が付いてました。
やけに凝ってるなあと。プチ大仏様やん。大工さんまめな仕事をしてはります。

さらにこちらの門は校門だけあって、自動車の通行がO.K.な仕様です。こちらに掲載した写真を撮影中も、投票を終えた善良市民のみなさまが家路に着くのか、はたまた選挙の日は家族で外食へと繰り出すのか、いずれにせよ様々な事情により車が校門をつぎつぎと通りすぎて行きました。そんなこんなで、そこそこの使用痕というかはっきりいえば傷も数多く付いています。

■ 門柱にはゴリゴリとした使用痕(というか傷)
このゴリゴリとした使用痕あるいは傷こそ、上賀茂の昔と今がその下を通り過ぎた証といえましょうか。この校門(村役場門)からすれば名誉の傷ともいえそうな、そうでないような。
妙に愛着を覚える門の傷なのでした。

■ バックショット。後ろ姿もすてきです。
上賀茂周辺にお住まいの皆さん、選挙は投票に行きましょう。
そして投票の際には、ぜひこちらの校門をちらりと見てやってください。
こういったものが実は文化財じゃないかと、投票を終えてしみじみ帰途に着いた次第でした。

こんな感じで、本ブログは日常の冗長性を文章で表現すべく、さらに冗長な表現を磨いていく所存です。閲覧者のみなさまに置かれましてはどうか末永くお付き合いいただけますよう。

2 件のコメント:

  1. のこのこやってきました、週末の夜に。
    JAの建物にめりこんでませんか? 気のせいかな。

    小学生と幼稚園児が同じ門を使っているってのは
    よき子育て環境だなぁ。子供の教育は街の核。
    と、同時に社会性、多様性を育むためにもせめて、学年2級、
    計12級ほどの中で育ててやりたい。となると、統廃合話も。
    少子化と街のアイデンティティ。うまく生き長らえてほしいです。

    というわけで、だらだらとコメントをば。期待してます。

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    1. UJさん。
      コメントありがとうございました。
      記念すべき初コメントです(笑)

      たしかに隣の農協にのめりこんでましたね。門の塀を切って後から農協を立てた経緯なんでしょうか。ナイスポイントな観察結果をありがとうございます◎

      小学生と幼稚園児が同じ門を、しかも地域の歴史ならではの物語を自然と感じさせる門をくぐるってとてもいいことですよね。上賀茂学区の未来に期待です。

      また今後ともよろしくお願いします!

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